熱制御系
熱制御系(Thermal Control Subsystem、TCS)は、宇宙空間の過酷な熱環境において、人工衛星に搭載されたすべての機器およびコンポーネントの温度を許容される動作温度範囲(および保管温度範囲)内に維持するためのサブシステムである。熱設計、数値熱解析、機体内の温度計測、そして各種熱制御デバイスの運用と実証試験にいたる一連のプロセスを担う。
概要
宇宙空間は、直射太陽光を浴びる日照面では極めて高温になり、地球の影に入る日陰面(食)や深宇宙を志向する面では絶対零度(約-273℃)に近い極低温に晒される、非常に激しい熱サイクル環境である。人工衛星の内部には、動作温度範囲が比較的広い構造材から、厳密な温度管理(例:0℃~20℃程度)が必要なバッテリや、極低温での冷却が求められる観測用センサまで、多種多様な温度要求を持つ部品が混在している。熱制御系は、これら内部機器の発熱量や外部からの入熱量を緻密にコントロールし、衛星全体の熱バランスを最適化する役割を果たす。
熱解析
宇宙空間は高度な真空状態であるため、地球上とは異なり大気による対流伝熱が存在しない。そのため、衛星の熱設計および熱解析においては、物質の接触面を伝わる熱伝導と、電磁波として熱が移動する放射伝熱(熱放射)の2つ、特に放射伝熱が支配的な要素となる。熱解析モデルの構築では、衛星を多数の要素(ノード)に分割する熱回路網法(サーマルネットワーク)などが用いられ、太陽光圧や地球照(アルベド)、地球からの赤外放射といった外部入熱を厳密に計算する。
放射伝熱によるノード間の熱移動量を数学的に正しく記述・計算する上で不可欠となる指標が、形態係数(ビューファクター、形状係数)である。これは、ある面から放射された熱エネルギーが、空間的にどれだけの割合でもう一つの面に到達するかを示す幾何学的な割合(0から1の間の値)であり、面同士の位置関係、角度、距離によって一意に決定される。複雑な形状を持つ人工衛星の内部構造や、宇宙空間へ熱を捨てるラジエータパネル、太陽電池パドルなどの相互干渉を評価する際、この形態係数を正確に算出・統合していくことが、信頼性の高い熱解析の基盤となる。
熱制御
熱設計に基づいて稼働する衛星内の実際の熱状態を把握するため、機体の各部には熱電対や白金抵抗温度計、サーミスタなどの高精度な温度センサが配置され、テレメトリデータとして定常的に温度測定が行われる。熱制御のアプローチには、電力を消費せず材料の物性(多層断熱材:MLIや、放射率・吸収率を調整するサーマルコントロールコーティング)を利用する「受動的(パッシブ)熱制御」と、ヒータや冷却ファンなどを電気的に制御する「能動的(アクティブ)熱制御」があり、これらを組み合わせて最適な熱環境を創出する。
高度な熱制御を実現するための代表的なデバイスとして、動作電力なしで大量の熱を高速に移動させることができるヒートパイプがある。これは金属管の内部に封入された作動流体(アンモニアなど)の相変化(蒸発と凝縮)および毛細管現象を利用したもので、発熱の激しいコンポーネントから宇宙空間へ熱を放出する放熱板(ラジエータ)へと効率的に熱を運ぶサーマルバスとして機能する。また、排熱量を動的にコントロールするアクティブな機構部品としてサーマルルーバが挙げられる。これはラジエータの表面にブラインドのような可動式の羽根を取り付けたもので、衛星内部の温度変化(またはバイメタルなどの物理特性)に応じて羽根を開閉させる。これにより、機体が高温時には羽根を開いて宇宙空間への熱放射を最大化し、極低温の食(日陰)の間は羽根を閉じて熱を閉じ込めるという、環境に応じた自律的な排熱制御が可能となる。
試験
数値熱解析によって導き出された熱設計モデルの妥当性を検証し、実際の衛星が軌道上の過酷な環境で設計通りに温度管理を行えるかを実機で直接証明する最終段階が、一連の環境試験である。
構体系の振動試験と並び、最も重要視されるのが大規模なチャンバを用いた熱真空試験(TVT:Thermal Vacuum Test)である。試験では、チャンバ内部を宇宙空間と同等の高真空状態(対流がない環境)にし、周囲のシュラウド(冷却パネル)を液体窒素などで極低温に冷却しながら、赤外線ランプやヒータを用いて日照・日陰の激しい熱環境を模擬する。この環境下で、衛星を最悪高温条件(ホットケース)および最悪低温条件(コールドケース)に晒し、各部品が動作温度範囲を超えないこと、および熱設計モデル(解析値)と実測値の乖離が許容値以内に収まること(熱モデルの相関:サーマルコリレーション)を確認する。これにより、宇宙へと旅立つ衛星の熱的な生存性と信頼性が保証される。