人工衛星やスペースデブリなど,地球を周回する物体がどの位置にあるのかを計算するためには軌道要素(ある物体の軌道を決定するためのパラメータ)というデータが必要になります.
その軌道要素がまとめられたフォーマットの1つに2行軌道要素があります.
ここでは2行軌道要素のフォーマットとその詳細について解説していきます.
2行軌道要素(TLE)とは?
2行軌道要素(Two Line Element set:TLE)は,地球を周回する物体の軌道要素を表現するためのデータフォーマットです.
例として,国際宇宙ステーション(ISS)の2行軌道要素を示します.
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
TLEでは最初の行を0行目とするため,これが2行軌道要素となります.
続いてそれぞれの数値や記号について解説していきます.
衛星名(Satellite Name(s))
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
0行目には最大24文字の衛星名が入ります.
ISS(International Space Station)は国際宇宙ステーションのことですが,ザーリャ(Zarya)というのはISSの最初のモジュールとして1998年に打ち上げられたものです.そのため,ISSの別名としてZaryaが使われているわけです.
衛星を軌道に投入する際に使用したロケット上段(Rocket Body)にはR/Bが,衛星から発生したデブリ(Debris)にはDEBが,衛星名の後につきます.
例えば,日本の液体燃料ロケット「H-IIA」上段のTLEは次のようになっています.
H-2A R/B
1 38341U 12025E 21080.34754647 .00000316 00000-0 44249-4 0 9997
2 38341 98.5245 259.8111 0056444 63.1730 297.5239 14.84192015478432
また,2007年に中国が行った人工衛星破壊実験では,気象衛星「風雲1号C(FengYun-1C)」が破壊され大量のデブリとなりましたが,そのうちある1つのデブリのTLEは次のようになっています.
FENGYUN 1C DEB
1 29733U 99025X 21080.32325869 .00000063 00000-0 17212-3 0 9993
2 29733 99.2303 24.6693 0578834 210.4520 307.7773 12.92087092667824
このように衛星,ロケットボディ,デブリを区別することができます.
行番号
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
それぞれの行の先頭には行番号がつきます.0行目には行番号はつきません.
衛星カタログ番号
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
衛星に割り振られた5桁のカタログ番号です.
衛星には一連の番号が割り当てられており,世界初の人工衛星,スプートニク1号の打ち上げロケットにはカタログ番号00001が割り振られています.
秘密区分(Secutiry Classification)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
ここには衛星の秘密区分が入ります.
Uは未分類(Unclassified)の意味で,公開されているTLEではここはすべてUになっています.
公表されていない軍事衛星などはこの秘密区分がS(Secret)になっているとされていますが,公開されていません.
国際識別符号(International Designator)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
順に,打上げ年の下2桁,その年の打上げの番号(3桁),打上げた物体の識別符号(英字1~3文字),となります.
ISSは1998年の67回目の打ち上げで発生した物体Aだということがわかります.
英字のぶぶんは打ち上げた物体が一つの場合は空白になりますが,2つ以上ある場合はA,B,C,…,AA,AB,AC,…,AAA,AAB,AAC,… と順につきます.
FENGYUN 1C DEB
1 47041U 99025FBT 21078.22908376 .00000829 00000-0 19377-3 0 9995
2 47041 98.1863 64.2148 0034562 278.0092 93.2342 14.56898177457720
気象衛星「風雲1号C(FengYun-1C)」のデブリは数がとても多いため,このように識別符号がついています.
元期(Epoch)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
TLEは衛星の軌道要素を含みますが,その軌道要素がいつの時間を基準にしたのかという情報が必要です.
軌道要素の基準となる時間のことを元期(Epoch)と呼びます.
順に,元期となる年の下2桁,その年の1月1日0時から何日たったか(少数部分を含む)で表されます.
この場合は,2020年の300.83097691日目となります.
ただし,協定世界時(UTC)となることに注意してください.
平均運動の1次微分値(First Time Derivative of the Mean Motion)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
平均運動の1次微分値を2で割った値(単位:rev/day2)です.整数部分には0が省略されているので0.00001534となります.
平均運動というのは1日に地球を何周するか,という値です.
その一次微分なので,平均運動の変化の割合を表します.
ここでは正の値になっているため,時間がたつに連れて平均運動は大きくなっていくことがわかります.
これは大気抵抗などで衛星の高度が下がり,地球周回に必要な速度が上がっているためです.
平均運動の2次微分値(Second Time Derivative of the Mean Motion)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
平均運動の2次微分値を6で割った値(単位:rev/day3)を示します.
頭に0.が省略されており,末尾の数字が指数部を表します.
平均運動の変化の変化の割合なので,とても小さく,ほとんどのTLEで00000-0となっています.
BSTAR抗力項
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
SGP-4で使われる抗力係数です.弾道係数Bは,抗力係数をCD,断面積をA,質量をmとすれば
\[B = \frac{C_D A}{m}\]
と表されます.
弾道係数は物体がどれだけ抗力の影響を受けやすいかを示します.この値が大きければ,より影響を受けやすいということになります.
B*は大気密度\(\rho_0\)を使ってBを補正したもので,
\[B* = \frac{B\rho_0}{2}\]
となります.
軌道モデル(Ephemeris type)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
軌道要素の計算に用いられた軌道モデルを表します.1=SGP,2=SGP4,3=SDP4,4=SGP8,5=SDP8となります.
しかし,全ての公開されているデータでは0となっており,軌道要素はSGP4/SDP4を使って出力されています.
要素数(Element number)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
この数字は新しい軌道要素が計算されるたびに1ずつ増えていきます.
しかし,この数字も999で固定となっています.
チェックサム(Checksum)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
それぞれの行の最後の数字はデータの謝りを検出するためのチェックサムです.
全ての数字を足して10で割った数字がここに入ります.文字,スペース,ピリオド,プラス記号は無視し,マイナス記号は-1とします.
軌道傾斜角(Inclination)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
軌道傾斜角です.単位はdegree.
昇交点赤経(Right Ascension of the Ascending Node)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
昇交点赤経です.単位はdegree.
離心率(Eccentricity)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
離心率です.先頭に小数点が省略されています.
近地点引数(Argument of Perigee)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
近地点引数です.単位はdegreeです.
平均近点角(Mean Anomaly)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
平均近点角です.単位はdegree.
平均運動(Mean Motion)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
平均運動です.単位はRev/day.
元期での周回数(Revolution number at epoch)
ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A 20300.83097691 .00001534 00000-0 35580-4 0 9996
2 25544 51.6453 57.0843 0001671 64.9808 73.0513 15.49338189252428
元期での周回数です.下5桁までしか表示されないことに注意してください.
まとめ
これらのTLEは北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)によって管理され,公開されています.
https://www.celestrak.com/NORAD/elements/
TLEを読み込んで衛星の可視時間を計算するPythonのライブラリなどもありますので,試してみてはいかがでしょうか.