姿勢制御系
姿勢制御系(Attitude Determination and Control Subsystem、ADCS)は、衛星の姿勢の制御を担当するサブシステムである。ミッション要求に応じた姿勢を維持するための制御系設計や、各種センサ、アクチュエータの選定および運用を担う。
概要
人工衛星に搭載されるミッション機器には、固有の志向要求が存在する。例えば、地球観測用のカメラであればレンズを常に地球、すなわち地心へ向け、通信アンテナであれば地上局、宇宙望遠鏡であれば特定の天体を正確に志向しなければならない。これらミッションごとの志向精度や安定度を達成するために、適切な制御アルゴリズムを設計し、センサやアクチュエータを統括するのが姿勢制御系の役割である。この役割は、現在の状態を知る「姿勢決定」と、目標状態へ導く「姿勢制御」の2つに大別される。
1. 姿勢表現
宇宙空間において衛星の姿勢を定義するには、基準となる慣性座標系や軌道座標系に対する、機体座標系の傾きを表現する必要がある。この姿勢表現の方法として、3軸の回転角で直感的に理解しやすいオイラー角があり、具体的にはロール、ピッチ、ヨーという3つのパラメータで記述される。また、特異点、すなわちジンバルロックを持たず計算処理に適したクォータニオン(四元数)や、方向余弦行列(DCM)などが用いられる。特に数式モデルを扱う際、オイラー角の回転順序(3-2-1回転など)の定義は極めて重要である。
数理モデル上でこれら複数の座標系間を行き来し、ベクトルを評価する際に不可欠となるのが回転行列と座標変換行列の概念である。ベクトルそのものを空間内で回転させる写像としての回転行列と、ベクトルは固定したまま記述する基底を変更する座標変換行列は、数学的に互いに転置の関係にある。直交行列においては逆行列と同義である。宇宙工学の実務、特に各センサの取り付け角、すなわちアライメントから機体座標系へのデータ変換や、慣性空間での目標値を機体軸上の制御出力へ落とし込む計算においては、この両者の定義の相違と符号の扱いを厳密に区別しなければならない。オイラー角を用いた連続回転によって方向余弦行列を構築するプロセスは、姿勢表現の数学的基盤を形成する。
さらに、これら機体軸ベースで姿勢のダイナミクスを数学的に厳密に扱う上で基礎となるのが、衛星の回転運動に対する慣性の大きさを示す慣性モーメントである。これは直線運動における質量に相当する物理量であり、構造設計やコンポーネントの配置によって決定される。姿勢ダイナミクスにおいては、スカラー量ではなく3×3の対称行列である慣性テンソルとして定義され、主軸座標系を選択することで非対角成分、すなわち慣性乗積をゼロとして簡略化することが一般に行われる。
2. 姿勢決定
実際の運用では、定義された姿勢表現をもとに、まず現在の姿勢を推定する姿勢決定を行う。これは、磁気センサや角速度を検出するジャイロセンサ、高精度なスターセンサ、太陽センサ、地球センサなどの出力を用いて行われる。
また、物理的な運動状態を計測するデバイスとして加速度センサも挙げられる。主として並進運動、具体的には軌道変更時などの速度変化である\(\Delta V\)を計測する目的で使用される。しかし、機体上の異なる位置に複数の加速度センサを配置することで、直接的な角速度や角加速度の推定を行うGyro-free IMUなどのシステムや、微小振動、すなわちジッタの評価にも応用され、姿勢決定の精度向上に寄与する。
これらセンサの出力データから姿勢を算出する代表的なアルゴリズムには、2つのベクトル観測データから姿勢変換行列を決定するTRIAD法やQUEST法がある。さらに、動的な姿勢変化やセンサのノイズ・バイアスを考慮して高精度に状態を推定するために、カルマンフィルタや拡張カルマンフィルタ(EKF)といった逐次的なフィルタリング手法が広く実装されている。なお、姿勢を乱す要因となる重力傾斜、地磁気、太陽光圧、大気ドラッグなどは外乱トルクとして定義され、姿勢決定および予測モデルにおいて考慮される。
3. 姿勢制御
姿勢決定によって得られた現在の姿勢と目標姿勢との偏差を打ち消すため、アクチュエータを駆動して制御トルクを発生させ、望む姿勢へと導くのが姿勢制御の役割である。姿勢制御系を構築し、剛体としての運動方程式、すなわちオイラーの運動方程式を記述・評価する上で不可欠な数学的処理が回転座標系におけるベクトルの時間微分である。地球を基準とした慣性座標系と、刻一刻と変化する機体座標系(回転座標系)の間で物理量を微分する際、単純な成分微分に加えて、座標系自体の回転角速度とベクトルの外積を用いた項が加わる。任意のベクトル\(\mathbf{A}\)と座標系の回転角速度\(\boldsymbol{\omega}\)を用いると、慣性座標系での時間微分は次式のように表される。
\[\frac{d\mathbf{A}}{dt} = \frac{\partial \mathbf{A}}{\partial t} + \boldsymbol{\omega} \times \mathbf{A}\]
ここで右辺第1項は機体座標系から見たベクトルの相対変化を示している。この力学的関係式を正しく適用し、外乱トルクに対抗する制御トルクを導き出すことで、実際の姿勢制御則が成立する。制御方式は、電力を消費して能動的に行うものと、宇宙環境の物理現象を利用して受動的に行うものに大別される。
能動的制御では、地磁気との相互作用を利用する磁気トルカや、内部のフライホイールの回転速度変化、すなわち角運動量変化を利用するリアクションホイール、一定速度で回転させて強いジャイロ剛性を得るモーメンタムホイールなどが用いられる。ホイールを用いた制御には、特定の軸に大きな角運動量を持たせるバイアスモーメンタム方式、それを微調整するコントロールドバイアスモーメンタム方式、定常状態ではホイールを停止または低速回転させて3軸を独立制御するゼロモーメンタム方式がある。
受動的姿勢安定の方法には、衛星の質量分布の非対称性を利用する重力傾斜安定、地球磁力線に特定の軸を沿わせる沿磁力線制御、衛星全体を回転させてその角運動量により姿勢を維持するスピン安定などがある。